古の香り残る住吉の里 甲斐国 住吉神社

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由 緒

 人皇第四十五代聖武天皇の御代(七二四)荒川の川辺高畑村内に鎮座するも甲斐源氏武田太郎信義公の願望にて 稲積荘一条郷に奉勧請して社殿を建立し、国の守護神として尊敬された。

 神詠に、
 「住吉の神の力に甲斐かねのうこきやはせむ代々はふるとも」
 又、武田義信公詠むに
 「有かたやけに住吉の神ませは猶しもたのむ代々のゆくすえ」

 以来、武田家代々守護の神と又稲積荘の土神産土神として厚く崇敬される。
 其の後、浅野長政公、甲府城を築城するに文禄年間、畦村(現在地)に遷祀される。
 慶長十一年(1606年)社殿再建、元和年間に大洪水にて社殿被害にあう。
 寛文八年(1668年) 再建されたのが現在の社殿であります。


■拝殿の鬼瓦(写真左)
住吉神社の社殿に使用 文禄年間、現在地に社殿造営後、寛文八年(1668)に再建、宝暦六年(1756)屋根葺き替え工事。 この瓦は当時使用されていた物です。

■千鳥波風の鬼瓦(写真右)
江戸時代、宝暦六年に使用された瓦です。

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■昭和36年当時の住吉神社の氏子地区(赤線内)


住吉神社の氏子地区 (甲府市旧町名)

橘町、紅梅町、常盤町、 錦町、春日町、桜町、柳町、三日町、魚町、上連雀町、
鍛冶町、 桶屋町、相生町、代官町 青葉町、佐渡町、三吉町、緑町、若松町、
太田町、 伊勢町、湯田町、西一條通り、西二條通り、住吉通り、北大路、南口町、
住吉本町に亘り多くの氏子を有し崇敬されています。
(左の赤線内が氏子地区を現わしています)


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